大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所大垣支部 昭和28年(ワ)38号 判決

原告 成瀬正美 外一名

被告 国 外一名

国代理人 宇佐見初男 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らの申立

被告らは連帯して

(一)  原告成瀬正美に対し金百十二万五千円及び之に対し昭和二十五年四月十二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員

(二)  原告田中兼市に対し金百七十一万四千四百円及び之に対し昭和二十五年四月十二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員 を各支払え

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

旨の判決を求める。

被告株式会社十六銀行(以下被告銀行と略称する)及び被告国の申立

原告らの請求は何れも之を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

旨の判決を求める。

原告らの請求の原因

(一)  被告銀行は訴外揖斐川木工株式会社(以下訴外揖斐川木工と略称する)に対する金三百四十万四千五百円の執行力ある債務名義(岐阜地方裁判所昭和二十四年(ワ)第百七十九号確定判決)に基き訴外揖斐川木工に対する、強制執行として昭和二十五年三月二十四日別紙第一第二各目録記載の物件(以下本件物件と略称する)に差押をなし訴外揖斐川木工代表者訴外成瀬正一に保管を委ね同年四月十一日岐阜県揖斐郡大和村(昭和三十年四月一日行政区画変更により揖斐川町と改称する)上南方揖斐川木工倉庫において右物件を競売(以下本件競売と略称する)に付し同日被告銀行が之を競落し競落代金三十万円を支払い同日より昭和二十六年四月頃までの間に執行吏坂本精郎を通じ全物件の引渡を受けたものである。なお執行吏坂本精郎は岐阜地方裁判所大垣支部所属の執行吏である。

(二)  併し乍ら右の強制執行は違法である。

(イ)  別紙第一目録記載の物件(以下本件第一物件と略称する)はもと訴外揖斐川木工の所有に属していたが同会社が失業保険料等金二万六千三百四十六円を滞納したためこれが滞納処分により昭和二十五年三月十七日原告成瀬正美が競落し競落代金三万五千円を支払つて所有権を取得しその頃引渡しを受けたものである。

(ロ)  別紙第二目録記載の物件(以下本件第二物件と略称する)はもと訴外揖斐川木工の所有に属していたが同会社が健康保険料及び厚生年金保険料等金六万四千百五十二円を滞納したためこれの滞納処分により同月二十日原告田中兼市が競落し競落代金二万一千円を支払いその所有権を取得し即日その引渡しを受けたものである。

従つて被告銀行の訴外揖斐川木工に対する前記強制執行は本件物件に対する原告らの所有権を侵害するものであつて違法である。

(三)  而かも被告らは次の理由に基き違法の責任を負わねばならない。

(1)  訴外成瀬正一は本件競売に際し競売場所において原告らに代つて執行吏坂本精郎及び被告銀行代理人に対し本件各物件は前記(二)項記載の理由によつて訴外揖斐川木工の所有に属せず原告らがそれぞれ所有しているものであり訴外揖斐川木工が之を便宜保管しているに過ぎない旨述べた。

(2)  訴外執行吏坂本精郎は昭和二十五年四月頃岐阜県から本件物件が既に公売処分がなされた旨の公文書による通知を受けていたものである。

(3)  従つて訴外執行吏坂本精郎は本件物件が訴外揖斐川木工の所有に属しないことを知悉していたものであつてそれにも拘らず本件競売を実施したのは原告らの所有権を侵害するについて故意があるといわねばならない。

(4)  被告銀行代理人も前記の事情により本件物件が原告らの所有に属していることを知悉していたものであり少くとも容易に知悉し得たものであり且つ本件競売に際し執行吏坂本精郎に対し競売物件を指示したものであつて原告らの所有権侵害に故意を有していたものであり少くとも過失があるといわねばならない。

(四)  前記違法な強制執行により原告らは本件物件の所有権の侵害を受けたものでありその損害発生の時期は本件物件の競落期日たる昭和二十五年四月十一日と解すべきであつて同日の本件物件の価格は別紙第一第二目録記載の通りであつて原告はこれに相当する損害を受けたものである。即ち原告成瀬正美は合計金百十二万五千円、原告田中兼市は合計金百七十一万四千四百円に相当する損害を受けたものである。

(五)  右違法な強制執行は被告銀行代理人及び執行吏坂本精郎の共同不法行為によるものであり且つ執行吏坂本精郎の不法行為は競売執行機関としての公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについてなされたものであるので国家賠償法第一条により被告国は損害賠償責任を有するものであつて民法第七百十九条により被告らに対し連帯して前記損害金及び不法行為の翌日である昭和二十五年四月十二日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶものである。

被告らの請求原因事実に対する答弁

一、被告銀行の答弁

原告請求原因(一)項中被告銀行が原告主張の債務名義に基き原告主張の日に訴外揖斐川木工所有物件の差押をなし原告主張の日に之を競売に付して代金三十万円にて競落した事は認めるが被告銀行の競落物件と本件物件との同一性及競落物件の数量の点は不知被告銀行が坂本執行吏より競落物件の引渡を受けたとの点は否認する。(二)項中訴外揖斐川木工が原告主張の如く失業保険料、健康保険料厚生年金保険料等を滞納していた事実は認めるがその余の事実は否認する。(三)項乃至(五)項は何れも否認する。

二、被告国の答弁

原告請求原因(一)項中被告銀行が本件物件の引渡しを受けた点は否認する。その余の事実は之を認める。

(二)項中本件各物件が訴外揖斐川木工に属していたこと本件各物件につき原告主張の如き滞納処分による差押が為されたことは認めるもその余は否認する、なお準備手続において(二)項(2) について本件第二物件が公売されたことを認めたがこれは後述の如く事実に反し且つ錯誤に基くものであるから、取消す(三)項中訴外成瀬正一より原告主張の如き申出のあつたこと及び岐阜県から原告主張の如き文書による通知を受けたことは認める(但し通知があつたのは本件第二物件に関してのみであつて文書は岐阜県保険課長地方事務官桶谷広吉名義である。)なお右通知は滞納処分執行後の通知であつて国税徴収法施行規則第十三条の要件を満してない。

(四)(五)項は何れも否認する。

被告らの答弁

(一)  原告主張の如き本件物件に対する滞納処分に基づく公売処分は不存在であり真実は訴外揖斐川木工の代表者たる成瀬正一による同会社の滞納金の納付がなされたものである。

以下詳細に陳述するに

(1)  被告銀行は原告(一)項主張の如き債権を有しており昭和二十四年九月二十四日右債権のうちの金二百三十五万円につき岐阜地方裁判所昭和二十四年(ヨ)第五十六号有体動産仮差押決定に基き本件物件を含む訴外揖斐川木工所有の機械器具下駄等に仮差押をした。

(2)  そこで訴外揖斐川木工代表取締役成瀬正一は右仮差押物件の競売を免れようと考え右仮差押物件の大部分を仮差押前の昭和二十四年九月八日又は二十日頃訴外揖斐川木工より訴外揖斐川木履株式会社外二名に譲渡されたと詐称し、同年十一月十日訴外揖斐川木履株式会社外二名名義にて被告銀行に対し仮差押解除手続請求訴訟を提起していた(岐阜地方裁判所大垣支部昭和二十四年(ワ)第七十三号後に岐阜地方裁判所に回付同裁判所昭和二十四年(ワ)第二百六十五号)

(3)  ところが右訴訟中訴外揖斐川木工は原告(二)項(イ)主張の如き滞納処分による差押を受けたので訴外成瀬正一は之を奇貨として滞納金を公売の形式にて納付して被告銀行による強制競売を免れようと企てるに至り岐阜県民生部保険課員に頼んで同年二月七日頃原告主張(二)項(ロ)の如き訴外揖斐川木工の健康保険料などの滞納処分による差押を前記仮差押中の本件第二物件(但しその数量は一部不正確)につき受けたものである。

(4) かくて訴外成瀬正一は岐阜県経済部失業保険徴集課及び厚生部保険料課の各掛員に前記(3) の各滞納金を完納するが訴外揖斐川木工の都合上滞納処分による公売の形式を取つて貰いたい旨懇願し遂に各掛員の承諾を得、失業保険課掛員は同年三月十七日訴外成瀬正一より滞納金額を受理しその要求通りに原告(二)(イ)主張の如き公売処分がなされて原告成瀬正美が競落した如き書面を作成し同月二十日訴外成瀬正一に交付した。

(5)  次に保険課掛員は同年三月二十日訴外成瀬正一より滞納金額を受領しその要求通り(二)(ロ)主張の如き公売処分がなされて原告田中兼市外二名が競落した如き書面を作成し訴外成瀬正一に交付した。

(6)  而して右の如き経緯では法律上所定の滞納処分としての公売がなされたものということができない。

(7)  即ち失業保険料健康保険料厚生年金保険料の滞納処分に付ては失業保険法第三十五条健康保険法第十一条の二(旧)厚生年金保険法(昭和十六年法律第六十号)第十一条の二(現行法第八十六条)の各規定により何れも国税滞納処分の例によることになつており国税徴収法第二十四条同法施規則第十八条第十九条第二十二条によれば公売手続は先ず一定の事項を公告し公売は公告の初日より十日の期間を過ぎたる以後入札又は競売の方法を以てなすことを要すると規定してある。

然るに本件の所謂競売については原告(二)項主張の何れの「公売処分」についても

(イ)  公売の公告が全然ない

(ロ)  入札又は競売の手続がなされていない。ただ訴外成瀬正一が当該「競売期日」に単身県庁において滞納金を支払つた後、公売手続に必要な入札書、領収書等に原告の氏名を書き押印したのに過ぎない。

(ハ)  公売日時とされている揖斐郡揖斐町大垣公共職業安定所揖斐出張所乃至同郡大和村所在訴外揖斐川木工に関係々員が出張して公売に付した事実は存在しない。

以上説述するところで明らかである通り木件物件については原告ら主張の如き公売処分はなされていない、即ち公売処分は不存在であり真実は訴外揖斐川木工の代表者である成瀬正一により同会社の滞納金の納付がなされたものである。従つて原告らは右公売処分により所有権を取得したとしているのであるから所有権取得を前提とする本訴請求は理由がない。

(二)(仮定抗弁)

仮に原告ら主張の如き公売処分が形式上存在するとしても前項(7) 記載の事由により右公売処分は違法にされたものであるから当然無効と解せざるを得ない特に公売公告は利害関係人及び一般人に対し公売期日を周知させ高価に売却し得る様にし且公売手続の公正を期する目的の下に定められたので公売処分手続中重要な要件である。従つて之に違背してなされた公売手続は当然無効である而かも前述の如き幾多の違法手続があるのだから本件公売処分は当然無効である、従つて原告らは本件物件に対し何れも所有権を取得するに由ないから本訴請求はその前提を欠き失当として棄却を免れない。

(三)(積極否認)

仮に原告ら主張の如く本件物件に対する各公売処分が有効であり原告らがその各所有権を取得したとして原告ら主張の如き公売通知を受けたことを考慮しても執行吏坂本精郎は本件強制執行手続において職務違背の事実はなく且つ原告らの所有権侵害につき故意は勿論過失もない即ち

(1)  公売通知書は国税徴収法施行規則第十三条所定の要件に合しておらず斯る通知があつても執行吏は執行債権者の合意があるか所有権の帰属につき競落期日を延期するに足りる顕著な事由がない限り競売手続を中止すべきではない。(執行吏執行等手続規則第十八条第三十八条)

(2)  訴外成瀬正一は揖斐川木工代表者であるのに拘らず本件物件に関し前記仮差押より本執行に移転した昭和二十五年三月二十四日執行吏坂本精郎に対し同年二月七日なされた筈の滞納処分については勿論本件物件が原告らに移転した旨を一言も述べていない。

(3)  本件物件は仮差押より本執行に移転するに際しても訴外揖斐川木工の占有に属していたものである。

(4)  原告らは訴外揖斐川木工の従業員であるから原告ら主張の如く本件が滞納処分の執行により原告らの所有になつたのであるならば本件物件の所有者であることを示すに足りる疏明方法乃至執行停止決定を提出して自己の権利を保全すべきに拘らずかかるものを何ら提出せず只単に訴外成瀬正一が滞納処分により原告らが本件物件の所有者となつた旨口頭で申入れたに過ぎない。なお執行吏坂本精郎は之に対し競売期日が延期できない旨を説明してやつたものである。

以上の事情をみると執行吏坂本精郎は軸行史としてなす職務を十分果したものであつて原告らの所有権侵害について故意、過失が存しないものである。従つて故意過失の存在を前提とする原告らの請求には応ぜられない。

(四)(積極否認)

成瀬正一及原告等は競売期日に於て揖斐川木工々員多数と共に暴力を以て坂本執行吏による競落物件の被告銀行に対する引渡を妨害して之を為さしめず更に前記仮装公売を理由として競落物件の引渡を免れんと企て競売の二日後である昭和二十五年四月十三日に原告等両名外二名の名義にて被告銀行に対する動産仮処分申請を御庁になし(御庁昭和二十五年(ヨ)第三〇号)御庁の仮処分決定を得て翌十四日に前記競落物件に付きその執行を了した、ところがその後昭和二十六年三月三日に原告等は右仮処分の執行を解除し引続いて成瀬正一より任意に競落下駄類の一部を被告銀行に送付して来たのであつて坂本執行吏が競落物件を被告銀行に引渡した事実は全然なくしかも被告銀行が受領した物件は本件物件と同一ではないのである。

依て競売による所有権侵害を理由とする原告等の請求はこの点に於ても失当たるを免れない。

(五)(過失相殺の抗弁)

仮に原告らの本訴請求が認められるとしても原告らに前記(三)の(2) (4) 記載の如く原告らが自己の所有権保全のために容易になすべき手続を怠つた過失があるから損害額について民法第七百二十二条の過失相殺を主張する。

原告らの陳述

被告国の請求原因(二)項(2) についての公売処分に関する自白の取消について異議がある。

被告らの答弁(一)項中(1) については之を認める。(2) については不知(3) 乃至(7) については否認する。

(二)乃至(五)については否認する。(但し、四項中仮処分決定の存在は認める)仮りに本件公売手続が違法であるとしてもその違法な手続は国の機関がしたのであるから買受人である原告らに対しその遣法を主張することができない。

立証〈省略〉

理由

一、被告銀行が訴外揖斐川木工に対する金三百四十万四千五百円の執行力ある債務名義(岐阜地力裁判所昭和二四年(ワ)第一七九号確定判決)に基き、訴外揖斐川木工に対する強制執行として昭和二十五年三月二十四日本件物件につき差押をなし、訴外揖斐川木工代表者成瀬正一に保管を委ね、同年四月十一日右掛斐川木工倉庫において右物件を競売に付したところ、被告銀行が競落しその代金三十万円を支払つたことは被告らの認めるところである。被告らは右競売において競落物件の引渡を受けなかつたというのであるが、この点に関する判断は後記の理由で省略する。

二、訴外揖斐川木工が失業保険料もしくは健康保険料、厚生年金保険料等の滞納により昭和二十五年一、二月頃二回にその所有財産につき国税滞納処分の例により岐阜県より差押を受けたことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。(一部については被告らも認めている)

原告らは右差押手続において公売処分により本件物件を(二)の(イ)、(ロ)記載のとおりの事由で、それぞれ所有権を取得したと主張するのであるが、この点に関し被告国は昭和二十八年七月十四日の口頭弁論において公売処分のあつたことを自白したのを、同年九月八日の口頭弁論において右自白を取消し訂正して公売処分のあつたことを否認している。これに対し原告らは右取消に異議があると述べたので右自白が真実に反しかつ錯誤に基くものであるかどうかにつき判断を加えんに被告国は原告の請求原因に対して同年七月十四日の口頭弁論において同年六月十九日付答弁書に基づき陳述したのであるが該答弁書は要旨極めて簡単であつて詳細は後日準備書面をもつて述べるとあり原告ら主張の所有権干係については、(イ)については不知(ロ)については公売処分に付されたことは認めるが、原告田中が買受けその引渡を受けたことは不知とあつて、公売処分の効力について既に争つていること、その后における国の主張並びに被告ら挙示の証拠によれば右自白は明らかに錯誤に基づく陳述であると認めることができる。されば被告国の右自白の取消は有効である。

三、そこで進んで原告らの前記の所有権干係につき考えるに、甲第一乃至九号証、甲第十一、十二号証、甲第十六、十七弓証等によれば原告らは(二)の(イ)、(ロ)記裁のとおりの事由で本件物件の所有権を取得したかに見える。併し、乙第十三号証の一、二、五、六、七(以上の書証の成立には争がない)と乙第一乃至五号証、乙第七乃至十二号証(甲第十八乃至二十八号証)の検証の結果、証人後藤清、同岸野猛、同熊田正勝、同森興治、同西村栄吉、同岩見勉、同長屋金之輔の各証言及び当事者間に争のない事実とを綜合すると

(1)  被告銀行は訴外揖斐川木工に対して原告(一)項主張のとおりの債権があり、その債権のうち、金二百三十五万円につき岐阜地方裁判所昭和二四年(ヨ)第五六号有体動産仮差押決定に基き同年九月二十四日訴外揖斐川木工所有の本件物件外機械器具等の仮差押をしたこと(この事実については当事者間に争がない)

(2)  そこで訴外掛斐川木工代表取締役成瀬正一は右仮差押物件の執行を免れるため州斐川木履外二名の名義で右物件の大部分は昭和二十四年九月八日又は九月二十日頃訴外揖斐川木工より右三名が譲受けたとして同年十一月四日頃、被告銀行に対し仮差押解除手続請求の訴訟を提起したこと(乙第十三号証の一)

(3)  ところが、右訴訟の係属中訴外揖斐川木工は、昭和二十五年一月十五日頃失業保険料滞納のため岐阜県より本件第一物作につき国税滞納処分による差押を受けたので、訴外成瀬正一はこれを奇貨として後記のように被告銀行の前記強制執行を免れる目的で岐阜県厚生部保険課員に頼んで訴外揖斐川木工の滞納保険料に基づき同年二月七日本件第二物件につき国税滞納処分による差押を受けたこと。

(4)  かくて訴外成瀬正一は岐阜県経済部職安課及び厚生部保険課の各係員に前記滞納金を完納するが、滞納処分による公売手続の形式を取つて貰いたいと申入れたが断られたので、執ように交渉の結果各係員の承諾を得た。各係員は同年三月二十日頃訴外成瀬正一より前記滞納金全部の納付を受けるや、同訴外人の要求通り本件第一物件については同月十七日岐阜県揖斐郡揖斐町大垣職安揖斐出張所で入札競売の方法により原告成瀬正美が競落取得、本件第二物件については同月二十日同郡大和村揖斐川木工において入札競売の方法により原告田中兼市が競落取得した事実が存しないのに恰もそのような事実があつたものとしての必要な書類(節ち成規の公売処分が行われた場合に作成さるべき書類と同一形式の書類)を作成してそれぞれその一部を訴外成瀬正一に交付したこと。

(5)  甲第八号証の二、三甲第九号証、甲第十一乃至十三号証、甲第十六乃至二十八号証は、右のような経緯のもとに、殆ど同一機会に同一場所(県庁)で前記職安課又は保険課の係員と訴外成瀬正一との間に作成されたもので記載内容は前述のとおり、全く虚偽もしくは虚無の事実であることなどが認められる。そこで叙上の書証は原告主張の事実認定の証拠としては採用することができない。

以上認定に反する他の証拠は採用しない。殊に証人成瀬正一の証言中には叙上認定と著しく反する部分があるが本件訴訟の全過程に徴するに、同人は訴外揖斐川木工の代表取締役でありながら同会社の債務履行に何らの誠意がなく却つて種々の術策を弄して時には暴力を用いてひたすらその債務の免脱に狂奔していたこと、また本件訴訟の主体はむしろ同証人であつて、原告らはそのロボットに過ぎないことが窺われない点もないのであるから同人の証言はこれを証拠として採用するに値しない。

四、以上述べたところで明らかなように、原告が主張するような公売処分は全然存しないのであるから、当時被告銀行より訴外揖斐川木工に対して仮差押中の本件物件につき原告らがその所有権を取得すべきいわれはない。他に本件物件が一記載の競売当時原告らの所有であることの主張立証はない。

五、原告らは右公売手続が違法であるとしてもその違法な手続は国がしたものであるから買受人である原告らに対し違法を主張するを得ないというのであるが、既に述べたように本件においては、原告主張のような公売処分が存在しないのであるから違法適法の問題を生ずる余地がない。そのような問題を生ずるのは、曲りなりにも法律事実としての公売手続が存する場合であつて、本件においては国税微収法による換価処分につき法律上所定の予備手続(例えば公示手続)もまた換価手続(競売又は入札)自体も全く存しないのであるから原告らの右主張は採用することができない。しかのみならず善良なる県職員をして前記の如く不正行為を為さしめたのは、前記書類作成につき原告ら代理人と称する訴外成瀬正一の使そうによるものであるから原告らには右様の主張を為す資格がない。

六、以上の次第で本件物件が原告らの所有であることを前提とする本訴請求は爾余の点について判断を加えるまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、他の争点に対する判断を省略して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔柳桑太郎)

第一、第二目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例